コトバ綴ジ

 

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繰り返す

(1)一度繰った糸などをまた繰る。
(2)同じことを何度も行なう。反復する。
(3)本などのページをめくる。また、同じ本を何度も読む。

(『日本国語大辞典』 「繰り返す」の項より)

もう半年近く前になりますが、熊本にマームとジプシーが来たので、見に行ってみました。
「まえのひ。」

まったく何も知らずに見に行ったのですが、そのおもしろさは女優さんのスゴさとともに衝撃的。
帰りのバスのなかで、見ながら思ったことをなにも整理せずにただ単語で書いていって、空にとばしておいたのを久しぶりに見たので(つまり、メールをひらいたってことです)、少しこちらにもメモしておこうと思います。まずは・・・「繰り返し」について。

はじまってみれば、ひとりによる朗読劇だったのですが、言葉と動作の繰り返しによって、すごい渦巻ができていくような作品でした。

この作品だけなのか、それともいつもなのか、がわからなかったのですが、数日後に偶然、以前買ってそのままだったユリイカの辞書特集を手に取ると、藤田貴大さんという方の詩が目に入りました。そしてそこでもことばが繰り返されて。
ん?確認してみたら、マームとジプシーの作家の方。(これすらうろおぼえで見に行ったという・・・)

元々繰り返し好き。文字を書くのが好きな理由のひとつ。基本的に、人はみんな繰り返し、リズム、に弱いのではないかと思っています。

繰り返すこと。がもっているもの。

・・・いく度も繰り返されて、言葉は少しずつ意味を失い、言葉のもたらす痛みも和らぐ。
(『悪童日記』(アゴタ・クリストフ 堀茂樹 訳 早川書房) 精神の鍛練 の章 より)

祖母の家に預けられた「魔女」のこどもたち。
祖母や周囲の人々が自分たちに浴びせる蔑みの言葉。
私の愛しい子! 最愛の子!・・・会えなくなった母親がかけてくれた愛にあふれた言葉。
感じるとつらいそれらを、どちらも何度も繰り返すことで、それに慣れようとしていく。


・・・詩というのは、挨拶すること、いとおしむこと、所有すること、名をあらわすことでできているのです。詩のなかにバラという言葉を書くとき、はじめはそれはこころにうつくしい絵をよびさましますが、しかし、ずっと後になってしまえば、それによって意味されるものはどんどんすくなくなって、どんなひともバラという言葉のなかに、バラをみることができなくなってしまいます。だから、私は「バラはバラであるバラであるバラは」と書くことで、繰りかえしによって、言葉に意味をゆっくりととりもどしたのです。言葉のなかに絵をとりもどしたのです。つくりだすということは、おもいだすことじゃなくて、経験することおもいだすことなしに見ることであり、聞くことであり、書くことなのです。

(『散歩する精神』(長田弘 岩波書店) 4 世界はまるい話 より ガートルード・スタインのことば)


ちょうどそのころ読んだ本に出てきた「繰り返す」ことについての一節。
意味を失う、意味をとりもどす。 
どちらも「繰り返し」の持つ力。反対のようで同じ。

繰り返すことで、遠くにいっては帰ってくる、からだに浸透していくものにかわっていくように思います。
そして、それは長く続く。まじないのようにも効いてくる。

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