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知らなかったこと

tororo.jpg

先日籠いっぱいにいただいた花オクラ。
日持ちしないらしく、ほとんど流通していないものだそう。
生ハムと巻いてそのまま、そしててんぷらにしていただきました。
花びらですが、とろりとしていておいしい!
サラダや酢の物もおいしいそうで。

そして・・・いただいた後で知ったのですが、花オクラってトロロアオイのことなのですね。
根っこからのねばねばは、和紙作りのネリとして使われます。
咲いていない時のものは和紙の里で見たことがあり、オットが旅先の旅館で「トロロアオイの花食べた」と以前いっていたので、花を食べることは知っていたのですが、まったく結びついていませんでした!

花も根っこもお役立ち。育ててみたくなります。

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さて、先週で終わった「花子とアン」。

戦時中、地主の徳丸氏が、おとうやんが作っているぶどう酒を軍に供出するよう言いに来た場面で、
「敵の潜水艦を探すのに使うんだと」と。
どうせ飲むにちがいない、というおとうやんと同じ気持ちだったのですが、調べてみたら本当に使われていたことを知りました。

ワインを貯蔵している時にできる「酒石」に、加里ソーダを化合させるとできる結晶、ロッシェル塩とよばれるもの。
それは音波をとらえやすいということで、ドイツの潜水艦がいちはやく使っていたとか。(参考こちら

うわ、一時期『Uボート』にはまっていたこともあり、わくわくする話です。パッシブソナーに使われていたとか。

先日その話を潜水艦に詳しい方にしたところ、もう今は使われていないので、そのものはご存じなかったのですが、ロッシェル塩の話をすると、当然その原理などはご存じで、「昔のマイクにはそれが使われてた」と。これも調べてみると「クリスタルマイク」といってよく使われていたとか。

ロッシェル塩、こちらのサイトで、その美しいお姿を見ることができます。このサイトによると、パッシブソナーだけでなくアクティブソナーの研究にも使われていたとか。

さて、それからしばらくして遠くからお宝のつまった箱が届いたのですが、そのなかにクラフト・エヴィング商會の先日の展示の図録でもある『星を賣る店』がありました。

ぱらぱらとめくってみると目に留まったのが「商品番号|0234番 ガルガンチュアの涙」。
説明に「<ガルガンチュアの涙>という蒸留酒がある。これは、その酒の壜底にのこされた酒石酸の結晶で、その形態は透明な粒状であり、「涙粒」と呼ばれて珍重されている。ただし、これを煎じて飲んでも何ら効力はない。」とあります。

酒石酸の結晶!

煎じて飲んで効力がなくても、この結晶をつかってつくったロッシェル塩を使うと、他ではとらえられない音波をとらえて、遠い昔の声がきこえる・・・なんて、すぐに妄想してしまいました。

・・・テレームの住人の生活は、法や、規定や、規則によって支配されるのではなく、彼らの意向や自由意思によって営まれた。好きなときに起床して、その気になったときに、食べたり、飲んだり、働いたり、眠ったりしたのである。だれに起こされることもなかったし、食事をしろとか、あれこれしろなどと、だれかに強制されることもなかった。ガルガンチュアが、このように決めたのである。テレーム修道院の規則とは、次の一項目だけなのである。

あなたが望むことをしなさい。

(『ガルガンチュアとパンタグリュエル 1 ガルガンチュア』 フランソワ・ラブレー 著 宮下 志朗 訳 ちくま文庫より)


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「花子とアン」といえば「ごきげんよう、さようなら」ですが、
高校生のとき、東京から転校してきた子がいて、転校して間もないころだったと思うけれど、朝学校の靴箱のあたりであった時に
「ごきげんよう」
と挨拶されたことがありました。そんな挨拶今までされたこともなく、する人たちがいることも知らなかったので、驚いてかたまってしまい、とっさに挨拶を返せなかった・・・。東京の人はみんなこんなあいさつをしてるのだろうか、と思ったのでありました。彼女の学校の挨拶がそうだったようです。(花子の学校ではありません)

ドラマ、村岡さんがモデルのわりには、翻訳にまつわる話があまりなかったのが残念でしたー。あの辞書一冊だけでらくらく翻訳できていたはずなく、風俗も知らない中で、「うーむ、この単語ってなに??」みたいなすったもんだの週が一週くらいあってもよかったのにな・・・。

昨日からは「マッサン」が始まりました。
大正時代に遠くスコットランドから日本にやってきたエリー。

それとほぼ同じころ、青森にやってきたイタリア人がいることを先日の帰省で知りました。
帰省先のわりと近くにある「イタリア館」。気になっていたもののちゃんと説明を読んだことなかったのですが、今回初めて読んでみると「ジュセップ=ファブリーというイタリア人が大正5年にこの地にやってきて、イワシの缶詰工場をつくったところ」とのこと。現在は工場はなくなっていますが、住まいとしても使っていた建物がその「イタリア館」だとのことでした。
詳しくはこちらに。
近くのお寺にお墓があるということで、この春から外国人のお墓を(写真ですが)見まくっていたこともあり、早速見に行ってきました。工場で使っていたボイラー?蒸し釜?を模したという斬新な形!先のリンク先で写真も見られます。

船しかない時代に、はるばる遠くからやってきた人たちってけっこういるんだなあと。ファブリー氏は50歳を超えてからやってきて、工場ができて4ヶ月でなくなられてしまったとのことです

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もうひとつ、こちらは今日衝撃だったこと。
関東のほうでは、すき焼きにお麩をいれないとのこと!
作り方がちがう、というのは知っていましたが・・・。
すき焼きで好きなものは1番にお麩、2番に糸こんでしたから・・・。



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