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エミリ・ディキンスンのhandwriting その1

2月の展示ではエミリ・ディキンスンの手紙のことばをポトリと形にしました。
少し前に読んだ『エミリ・ディキンスンの手紙』から。

彼女の詩集は何冊か持っていますが、そのなかの1冊『エミリ・ディキンスン詩集 自然と愛と孤独と』のシリーズはその表紙やページの余白や活字など佇まいも好きなもの。
シリーズの1冊目の冒頭には、彼女の手稿の写真があって、その粒粒とした文字に心ひかれていました。文字と文字の間もゆったりしていて、そのすべてが彼女の詩なんだなあと。下の写真の左側がそうです。

そして今回やってきた手紙の本。裏表紙がまた彼女の手稿でした。右側がそうです。

dickinson1.jpg

文字の傾斜やささやくような感じは同じですが、文字をつなげて書いています。おもしろいなと思って、彼女の書いたものをその雰囲気だけでもたどってみることにしました。

幸い、彼女の手稿はほとんどネットで見ることができます。
私はこちらの Emily Dickinson Archive で見ました。所蔵先ごとに見ることもできますし、年代やことばや詩を送ったひとなどで検索してみることもできます。

0dickinson1850.jpg
1850年。
エミリ・ディキンソンは1830年生まれですから20歳のときです。
上の写真のどちらとも雰囲気がちがいます。
単語と単語の間も広くない。
左から右への横に動く線が太くなっているのがおもしろい。Sのような小文字のdは、あひるのようです。

0dickinson1854.jpg

1854年。少しだけ横へのうごきで太くなっているところがありますが、全体に軽くなっています。
インクで書かれてはいますが、ペンがなにかしら変わったという可能性もあるのでしょうか。
単語間もひろくなってます。

0dickinson1858.jpg

0dickinson1858tohigginson.jpg

上のふたつとも1858年のもの。
同じ詩ですが、上は彼女の手元にあったもの、下は人(Higginson氏 彼女の死後、詩集を刊行したひとり)に送ったものです。

0dickinson1862.jpg

1862年。
ますます文字がかたむいて線も軽くなり、ふわりとどこかへとんでいきそう。
写真にはありませんが、このころ彼女は t のクロスバーを、はなれた横のほうに書いていることが多くあります。単語を全部かいてからクロスバーを書くからだと思いますが、t の場所まで戻らずにおいているような。これもことばがするりと紙からはなれていきそうな感じです。

0dickinson1865.jpg

0dickinson1865toSusan.jpg

1865年。同じ詩ですが、下は義姉のスーザンに送ったもの。
上はインク、下は鉛筆ですね。
少し粒粒した感じがでてきています。
元のものと送ったもの、改行の位置もちがいます。
スペースのせいなのか、それほど改行に意味はないのか。

この前の年、年譜をみると、彼女は目をわずらったようでボストンまで治療にでかけています。翌年も。
どのような症状だったのかはわかりませんし、そのあとずっと症状があったのかもわかりません。
書く文字に影響をあたえていたのかもわかりません。

0dickinson1866.jpg

0dickinson1866toSusan.jpg

1866年。これも上下同じ詩。下はSusan宛てのものです。
より粒粒感がでてきています。
彼女はy は右のストロークしか書いていません。

0dickinson1866toSusan2.jpg

これも同じ1866 年のSusan に宛てたもの。
インクと鉛筆で、同じ年でもうごきがちがうのですね。

0dickinson1871toHigginson.jpg

そして1871 年。 Higginson氏宛のもの。
もう文字を書きとめた、というより文字がとおりぬけて残していった跡のようです。好き。

「風のインクでしたため」るとこうなるのでしょうか(笑)。
(聖子ちゃんの「風立ちぬ」より)

0dickinson1878toHigginson.jpg

0dickinson1878towhitney.jpg

ふたつとも同じ詩です。1878年。上は Higginson 宛て、下は Whitney宛て。インクと鉛筆。

0dickinson1878our.jpg

鉛筆の文字拡大。
いつも先がまるくなった鉛筆で書いているよう。それがより粒粒感をだしています。
とがらせるのが苦手だったのか(技術的に?精神的に?)、それとも鉛筆ってそんなにとがらせて書くものではなかったとか。

0dickinson1883.jpg0dickinson1884.jpg

左側が1883年。右は1884年でSusan宛てのもの。
エミリ・ディキンスンは1886年になくなっています。
文字は粒粒。
粒粒と余白。そのかたち全部が語りかけています。


ただただ、文字の見た目だけをたどってみたのですが、ずっと見ているうちに、勝手ですが親密さがましてきて、亡くなった年の最後のものを見たときには、一緒に旅をしてきたような気持ちになったのでした。



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