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英習字 その2 啄木のローマ字

taku1.jpg

去年の暮ごろから、つい最近までゆっくりゆっくり読んできた本、吉増剛三さんの『詩をポケットに』

この本をどう説明したらいいのか、しっくりくる言葉がみあたりませんが、その詩の、ことばの、詩人のせかいを五感をとぎすまして奥深く、吉増剛三さんの語り、それは吉増さんが考えていく、呼吸、間、時間もともにたどっていけるような、味わったことないような経験でした。
まちがいなく大事な一冊。

石川啄木が取り上げられていて、彼の書いた「ローマ字日記」に導かれて、そのせかいに入っていきます。

ローマ字で書くこと。

「こうした言語のあたらしい鉱脈の発見なしには、
(中略)
こんな最下底にとどいて柔かくバウンドする身体に至り着くことは不可能なことです。これはいままでかつで誰もとらええなかったものです。どうぞ、なぞって、筆写するように、ごく一部でいいです、この"みえない言語"の声に耳を澄ましてみてください。」

読むだけでも、声に出すだけでも、日本語で書かれたものとはちがうところにたどりつきます。アルファベットで、分かち書きで書かれているその粒々とした感じ、かかる時間。

ぜひ、吉増さんにみちびかれて読んでみてください。


啄木のローマ字、はじめて見たのですが、そのかたちそのものにも心ひかれました。

「Gペン、インクで丁寧に刻みこむように筆記された、息をのむほど美しい原稿です」

と吉増さんも書かれていますが、ほんとうにそのとつとつとしたリズムが美しい。そしてかわいい。日記の上半分、ブロック体の大文字やレイアウトも気になります。

これまで、といってもわたしの見たものなので、ごくごく限られたものになりますが、明治大正~書かれた筆記体で、こんな感じのものを見ていないような気がしたので、気になって少し調べてみました。
啄木の字について、なにもはっきり結論が出たわけではないのですが、当時の英習字、ペンマンシップについての備忘録として書いておこうと思います。


まずは、啄木の文字の傾斜。昔の筆記体、ノートなんかでも傾斜のある文字を目にすることが多いような気がしたので、彼の文字の傾斜のないことが気になりました。(ただ単にアルファベットを書きなれていくうちに傾斜がなくなった、だけかもしれませんが)当時どのような筆記体のお手本があったのか、傾斜のないものもあったのか。国立国会図書館の近代デジタルライブラリーで「英習字」というキーワードをいれて検索してみました

ざっと見てみると、ひとつだけ、傾斜のない文字を載せている本がありました。『商業英語入門』(早稲田商業講義編輯部)です。出版年月日ははっきりわからないようで「18--」となっています(見返しをみると製本は「大正2年」となっていますが、それより前から出版されていたのだと思います。)

「第一節 字体のこと」を見ると、

スクリプト字体の書き方に三種の体様がある。第一は斜体と云ふ所のものである。斜体は文字を右方に傾けて書く所の流儀である。従来日本に流行したスペンセリアン体と称する所のものは、この斜体を代表する適例である。第二は半斜体である。半斜体は余り行はれないから説明を略し、第三は立体である。立体はまた直立体とも云ひ、文字を上下に真直に書く所の流儀である。立体は読むで読み易く、書いて書き易く、且つまた衛生的の長所があると云ふ所から、近来は大いに流行し、我が邦の中学などでは仕切にこの流儀を採用して居る。

とあります。

あっさり略された「半斜体」が気になるところでもありますが、この本によると、とにかく「立体」という傾斜のないスタイルも教えられていたようです。

商業英語入門1

頁をめくっていくと、このような見本。続いて一文字一文字、さらに単語の書き方があります。

他の英習字のお手本、スペンセリアン系やカッパープレート系と比較すると、こちらと雰囲気が似ている気はします(大文字はちがいますね)、啄木は、このような文字に接する機会はあったのでしょうか。

さらに読みすすめていくと、ペンやインク、書き方の指示に続いて、「四、習字帖のこと」という項目が出てきます。「練磨の功」を積むための習字帖としてふたつ。

・「直立体英習字帖」(エドワード、ガントレット著)
・「立体英習字帖」(岸本能武太著)

この習字帖がどんなものだったのかは、検索してみましたがわかりませんでした。

(エドワード・ガントレットという人、初耳だったのですが、wikiやそこからリンクしている情報を見ると、日本に商業英語や英習字を紹介し、日本語の速記を発明し、パイプオルガンやエスペラント語も普及させ、秋芳洞も紹介、さらに山田耕筰の義兄でもある、というおもしろい人でした。英語のwikiをみると「(he) was highly accomplished in the illuminated texts,and did work for the Crown Prince of Belgium」とあり、なぜそんなものを彼がつくることになったのか興味あるところです(この情報の真偽はちょろっと検索したくらいではわかりませんでした)。)


ここで、行き詰っていたのですが、いろいろワードをかえて検索していると、「石川啄木英語学習研究」(今野鉄男)という論文にいきあたりました

当時の高等小学校では中学のための予備教育として英語の授業もあったということで、資料をみると、

・1年から4年まで週3時間の英語のうち、1時間が習字の時間。
・使われていた教科書に「スペンセリアン習字帖」

となっています。当時は「習字」にこんなに時間を割いていたことにも驚かされます。そして教科書が「スペンセリアン習字帖」!この習字帖がどのようなものかわかりませんが、近代デジタルライブラリーで「英習字」「スペンセリアン」などで検索した感じからすると、いわゆるスペンセリアン、かなり傾斜のある書体だったのではないかと思います。(先日紹介した、『NEW SPENCERIAN COMPENDIUM OF PENMANSHIP』というスペンサー書法集大成の本にはfrench roundhandはじめ、傾斜のない文字やbackhandという左に傾斜している文字もありましたが、普及してはいなかったと。)

啄木がならってたのは、がっつり傾斜のある書体?

と思ったのですが・・・
さらに読んでいくと、盛岡尋常中学校で彼が使ったと思われる教科書に「英習字帖(神田乃武)」とありました。
さて、これはどんな文字だったのだろう・・・。
「神田乃武」という方は、当時のベストセラーの英語教科書(クラウン 三省堂など)も書かれた著名な方のようです。

この人について検索してみると「小学校における英語科教育の歴史(5)」(江利川 春雄)という論文に。当時の「小学校教員検定用使用図書」に「英語習字帖」(神田乃武 エドワード・ガントレット 明治34年2月出版)とあります(139p)。また、啄木より少しあと、1900年以降の高等小学校の英語教育のなかでは「リーダーとペンマンシップ(英習字練習帳〉という組み合わせの定着。英習字練習帳でも神田乃武がエドワード・ガントレットと共著で出したNew Scientific Copy Books(6冊〉がよく使用されていたようである」とあります。

ここで、先の「直立体英習字帖」を出していたエドワード・ガントレットと、啄木が中学校で使っていた英習字帖の著者、神田乃武がつながります。
神田乃武とガントレット共著の「英語習字帖」も、啄木の使っていた教科書「英習字帖」(神田乃武)も、実物が確認できないのですが、傾斜のない「直立体」だった可能性はあるのかもしれません。
また、こどものころではなく、彼は英語の代用教員(無資格でしたが)にもなっているので、のちに神田・ガントレット共著の「英語習字帖」にふれているのかもしれません。

ま、そうだとすると、単に学校で習っていたものを書きなれたものが「ローマ字日記」の文字かあ。あんまりおもしろくなかったなあ。なんか、習っていたのとはちがうけれど、たとえば憧れた人物(日本人でもフランス人でも(というのは傾斜のない筆記体で今すぐ思いつくのはフランスのものだから))の文字真似してる、というような展開を勝手に期待していたのでした。


ところで・・・そのあと『日本人は英語をどう学んできたか』という、先ほどの論文の著者の方の本を見てみました。すると、そこにあったのは・・・。

taku2.jpg

啄木が尋常高等小学校の代用教員時代につくった英語教案(石川啄木記念館蔵)。がっつり傾斜してますね・・・。
これが1906年。そしてローマ字日記が1909年に始まっています。
どちらも大人になってから。

日記の文字と仕事用の文字。使い分けていたとしたら、それはそれで興味深いところです。
ローマ字日記がもしこの教案のような文字だったら・・・。
書く内容、読みながら受け取るもの、あのゆったりとした文字から感じることとはちがうような・・・。

彼は『Surf and Wave』という海についての詩集から気に入ったものを写しているそうですが、たとえばそれはどんな文字で写しているんでしょう。いつか見てみたいです。


実はそのあと、例のガントレット氏が著した、copy book を見つけて買ってみました。

taku6.jpg

これは、明治43年に出ているものです。
ひらいてみると・・・

taku7.jpg

あら?傾斜してるやん・・・。

「字体」の「五條の規則」の五番目として

(5)下行線は概ね互いに平行にして、基線と約七十五度乃至八十度の角をなし、上行線も亦た概ね互いに平行にして、基線と約五十五度乃至六十度の角をなすべし。

「下行線」はdownstroke,「上行線」はupstroke、「基線」はbaselineですから、傾斜するように指示しています。

taku3.jpg

この写真は、以前100円くらいで買った明治44年の「NEW SCHOOL READERS」という中学校用の教科書なのですが、これも傾斜してます。自分の習った筆記体にも近い。(他にも神田乃武、宮井安吉が書いた当時広く使われていた教科書をみても、雰囲気はこれよりカッパープレート体に近いですが、傾斜があります。)

啄木が、「直立体英習字」に学校で、またはそののちでもふれたかどうかは、アヤシイかもしれません。使っていた教科書そのものが確認できない限りわかりませんね。
このガントレット氏のCopy Bookのような文字は『Handwriting: Everyone's Art』にあるEwanの「A History of Learning to Write」にもふれられている、Vere Foster という人の字体ににています。これは1880年代から1950年代までイギリスの学校で最も教えられていたものだそうで、日本でも取り入れられた可能性も大きいかもしれません。

紙を自分の前のどの位置に置くか(正面or右寄り)にもよりますが、正面に傾けずにおいて、ほぼ指先のみ動かしてかくと、自然と傾斜のないまっすぐな文字になると思うので、このようなスペンセリアンよりは幅も広く、傾斜の少ない文字を習って、それが自己流になるにつれて傾斜がなくなっていった、というところなんでしょうか。

Vere Fosterの文字や、直立体については、もう少しおもしろいことがあるのですが、ずいぶん長くなりました。もしここまで読んでくださった方がいらしたら、結局結論もなく、私よりももうつかれたよパトラッシュ状態かと思いますので、またいつか・・・。


話はずれますが・・・
私が小学生のとき、3年から6年までは2日に1度日記を書くことになっていました。3年から5年の担任先生はノートを最後に1冊に製本してくれたので、今もとってあります。私は今とかわらず、どうでもいいことをだらだら書いていたので、毎回2~4ページ。
ローマ字を習ったころ、それがとてもうれしくて、日記も何回かローマ字で書きました。今思えば、ただでさえ学級みんなの日記を読むのたいへんなのに、「ローマ字で書いてきたよっ」、読むのに時間もかかって迷惑だったかもしれません・・・。


追伸:ローマ字日記のブロック体の大文字、活字を見て書いてますよね。「E」のすごく短い真ん中のクロスバー(啄木はセリフも必ず書いてますね)や「R」のテイルがくりんとまるくなっているの、なんの活字かはわかりませんが、啄木が「ユニオン会」なるものをつくって読んでいた教科書「ユニオンリーダー」は「E」も「R」もこうなってました。





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