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コトバ綴ジ

Category : 言葉

マギイとミリィとモリイとメイとが(ある日のこと遊びに)海浜に出かけて行った

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・・・

メイは滑らかな円い石を家に持ち帰った
その石は世界ほど小さく孤独と同じほど大きかった

いつでも(あなたやわたしのように)ぼくたちがなくしてしまうものは
それは海でみつける自分自身のことなのだ 常に

e.e.カミングズ (『カミングズ詩集』思潮社 藤富保男訳編)



天草の海岸より。



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Silence is not still.

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Silence leads. It leads most perfectly.
- Sri Chinmoy
(沈黙はじっと留まっていることではない。沈黙は導く。もっとも完全に。)

『大いなる沈黙へ』、ようやく先週みることができました。

修道院で生きること。
見終わった時の満ち足りた感じ。
音楽も、説明も、言葉もなかった、ことなど忘れていました。
むしろ、すべてあった、という気持ち。

熊本では来週まで上映するようです。ぜひどうぞ。

.
以前、Letter Arts ReviewのインタビューでEwanが、パターン、繰り返すこと、について語っていた記事を思い出しました。
そのなかで、修道院での暮らしについてもふれていて、その暮らしは信じられないほどの繰り返し、リズムをもったもので、ゆえにほんのささやかな変化にも気がつくようになる。それがパターンのなしうることだ、と。

静かな繰り返しのなかで気づくこと。
光、音、季節の変化。内側の変化。

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ポートレートのようにひとりひとりが映し出されて、ご対面。そして、それぞれの修道士が祈りの時間以外に、それぞれ自分の好きなことにいそしんでいる様子が楽しく。文字を書いている人もいました。
唯一会話をかわしてよい「みんなで遠足」の場面の、楽しくはじけている!修道士たちの姿はたまらなく・・・。
なにも語られなくても、そこでじっと見ていて、同じ時をすごしているような気持ちにもなりました。
「修道院生活」ではなく、そこで生きるひとたちの映画。

And silence, like darkness, can be kind: it, too is a language.
- Hanif Kureishi
(そして沈黙は、暗闇のように、やさしさでありうる。 沈黙も言葉なのだ。)

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喜びとか苦しみとかに、いちども震えなかった原子というものがあったであろうか?

いやしくも目に見え、手に触れ、量ってみられる物で、感性のまじらない物があったろうか?
喜びとか苦しみとかに、いちども震えなかった原子というものがあったであろうか?
叫びとか、物言う声でなかった大気というものがあったであろうか?
涙でなかった露があったであろうか?
たしかに、この塵は、感じたことがあるのである。この塵は、人間の知っているいっさいの物であった。

「塵」 小泉八雲 『仏の畑の落穂他』平井貞一訳 恒文社 より



昨年の冬、かんらん舎で福田尚代さんの作品と化石を並べた展示を見ました。
昔の岩波文庫のパラフィン紙のカバーに、普通は残らない、文庫本体に印刷されたタイトル等が残っているもの。
そして小さな生き物の化石。
なかでも、生き物そのものでなく、足跡の化石に心ひかれました。
福田さんの作品は以前も拝見したことがあるものでしたが、それらの化石と並んでいるのがとても自然。どちらも偶然の作用でそこに残ったもの。そして、本体そのものはそこにないもの。

本体とその跡。なくなってしまったもの、残っているもの。いったいどちらが本体なのか。そこにあるものとないもの、どちらも同じ。

そんなことを考えていました。


そして、今年もLetter CuttingのWS。
以前『小石、地球の来歴を語る』を読んだときに、石も自分も同じ物だと思ったこと。
そしてこの展示を見たこと。
彫られた文字と、削られた石の粉、どちらも等しいこと。
そんなことをつなげて何か作りたいな、と思って、まず石を探すところから。
熊本には化石の採れるところがあって、その同じ場所の石はどうかなと思い立ち、御所浦という島に出かけてきました。
残念ながらそんな都合よく彫るのにいいような石はひろえず。
実は、実際に化石の採れる海岸へは船で許可を得たひとしか行くことができず、その場所からうつされた指定のところで探すことができるだけでした。

5月でしたが、熱中症になりそうな暑さのなか、小学生にまじって探して見つけた数少ない化石が上の写真。
貝の印象化石。

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採集はできませんが、島の海岸沿いの道路わきには、こんなふうに化石がごろごろと見られるところもありました。
恐竜の化石もわくわくするけれど、植物や小さな生き物の痕跡にも心ひかれます。

・・・しかし、ハンマーを借りていったのだけれど、実際ハンマーだけで大きな石から部分だけ取るというのは非常にむずかしく、結局かけらになっていたのをひろっただけでした・・・。それでも見つけるとうれしいですけど。大人でも。

ぐるぐるとたどる

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いま、コップのなかで蒼ざめて咲く
花たち、色あせた壁を背に、
窓からはいって、すりへった石の上を
よこぎっていく日のひかりのとなりで。
すべてのなかで燦めいているのはあの
蒼ざめた薄むらさきだけ。夜あけが
残した、ひとつの炎。

「ヒヤシンス」(一部) ヴィルジリオ・ジョッティ 
(『トリエステの坂道』「ヒヤシンスの記憶」須賀敦子)より



今日はお天気もよくぽかぽか。
半月ほど前から、ヒヤシンスが咲き始めて、かおりとともに楽しんでます。

水栽培で育てたもの。
なんと、ふたご、でした。


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片側になかよく寄り添ってしまって、今はこの写真より球根がころがりそうになってます。

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根っこ、がまたきれいなんですよね・・・。

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「ヒヤシンスの記憶」のなかに出てくる、ジョッティの書いた本に心ひかれます。

『用途のない備忘録』。

もういない読ませるべき人へ綴った文章。
見えないところでつづられていったもの。


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ヒヤシンスをきっかけに記憶から記憶へ。
ふとたどりつく、ところ。


このヒヤシンス用のポットは、ヒナタノオトさんから。

星を放つ 2014ソワレ手帳 展示会

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ちょっと遅くなりましたが・・・
KAKIでお世話になっている、福岡の文房具店ソワレさんから来年の手帳とカレンダーの素敵な案内が届きました。

手帳の週がかわるとともに展開する物語、いつも楽しみなのですが、来年のテーマは「昆虫星座」だそうです。私は実物はまだ拝見していないのですが、DMにのっている序章とイラストがすでに素敵すぎです。

タイトルのアルファベットはKAKIの703ちゃん。手帳の雰囲気にぴったりで、静謐で存在感のある文字です。

福岡での展示ははじまっています。ぜひお出かけください。
手帳についてや、展示の日程など詳しいことはソワレさんのホームページをご覧ください。

今回は11月に東京での展示もあるそうです!
こちらもぜひぜひ。

プロフィール

sayaka

Author:sayaka
星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる
(ウンベルト・サバ 須賀敦子訳)

ことば+アルファベット+妄想。

カリグラフィーをしています。

町の写字室管理人

@scriptorium303

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