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コトバ綴ジ

Tag : handwriting

Monica Dengo WS

monica16.jpg

10日から12日まで福岡でMonicaのWSでした。

1日目は羽ペンカット。
写真のものは七面鳥の羽で、かなり大きいものです。
教室においている16世紀の楽譜、文字はともかく音符が大きく、家にある羽ペンをみながら、こんな大きな音符がかける羽があるんだろうか・・・と思っていたのです。
書きやすいように、羽の軸のカーブを写真のような位置にくるようにしてペン先をカットするのがふつうなのですが、軸は楕円形のため、幅の広いペン先が必要ならカーブを気にせず、楕円の長いカーブの部分をカットしてもよいとのこと。
当時どうしていたのかはわかりませんが、なるほど、それならうちにある楽譜の音符くらいのものはかけそうです。

市販のカッターナイフでも試していて、なかではデザインナイフの曲線刃のものがカットしやすかったのですが、モニカ愛用のQuill Knife(George Yanagita氏がつくったもので、今はもうつくっていないとのこと)はほんとうにカットしやすく、急に上手くなった気が。
ただモニカは市販のナイフでもうまくカットしていたので練習あるのみなのでしょう。Donald Jacksonがいうことには「Quillを思うようにカットできるようになるには100本カットすること」。

家に帰って手持ちのQuill Knifeで試したところ、モニカのほどでないもののデザインナイフよりカットしやすいので、うまく研げば使えそうです。


それにしてもquillはほんとうに書きやすく、文字を書き始めると心地よくてとまらなく。金属のペンとはちがう手の感触は、ふだん書いていないような線もうみだしてくれます。道具と手と線の関係の深さを改めて感じます。

後半に使ったアルミペンはquillとは感触がまったくちがうのですが、こちらもふだんのペンには出せない自由な線とかたちが不思議と出てきて、文字を書く、のではあるのですが、legibleなものを書いている時とはちがう、書く行為そのものの気持ちよさに全身をゆだねました。

前回もそうでしたが、legibleでないもののおもしろさ気持ちよさをこんなに感じているのに、それでは作品をつくっていない・・・。
そのほか、自分にとってnativeでない言葉と文字をあつかうことについてモニカに指摘されました。
それはずっと考えてきたことで、自分のなかでは一応のこたえはあるのですが、そのこたえに縛られることなく、考え続けていきたいことです。


さて、カットした羽ペンでいろいろ書いている最中、参加者のひとりが絵を描いていたことから、「ミケランジェロはじめ、昔はdrawingも当然羽ペンで書いていて、羽ペンで書いた線らしいthick&thinが出ている」とモニカが。

以前blogにも書きましたが、ミケランジェロの展示を見て彼のhandwritingの変化について簡単に調べてみたことがありました。そのことについてMonicaにも訊いてみよう、と調べた資料等をもっていっていたのですが、この話が出て、あ、間違いなくモニカは彼のhandwritingについても詳しく知ってるなー、と確信。

翌日話してみると、やはりそうでした。何もこちらがいわなくても、「そう、○○才のときにhandwritingが変化している」などなど・・・。
そして、「おもしろいのは、年をとったときの手紙では若いころのwritingに戻ってるのよ。」と。あ、全部見てる!さすが!でした。
この当時の文字、quillで書いているのですがthick&thinがはっきり出ていないので、ペン先の角はシャープでなく、丸くカットされていただろうとのこと。

そして彼のhandwritingが見られるサイトも教えてくれました。




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エミリ・ディキンスンのhandwriting その4

dickinson2.jpg dickinson3.jpg

最後は最近届いた本 2冊。
『The Gorgeous Nothings』と『Dickinson Unbound』

『The Gorgeous Nothings』は、エミリ・ディキンスンの残した手稿のなかでも、とくに開封した封筒の裏や、扶養の紙の切れ端などに書きとめたものばかりを集めたもの。
その紙の様子にそって彼女が書いているのがとても楽しい。

レイアウトもとっても美しいです。

dickinson4.jpg

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左側がエミリの書いた部分で右側がその裏側。
ページの裏表にレイアウトされています。

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巻末のIndexがおもしろいのです。その紙の形ごと、封筒の宛先ごと、いろんな方向に文を書いているもの、斜めに封筒を使っているものなど、その紙のImage別のindex。

これは「Index of Envelopes by Page Shape Flaps and Seals」 のページ。

これを見たとき、以前青森県立美術館で見た展示を思い出しました。
なんの企画だったか、種差展のなかだったか、三内丸山遺跡から出土した小さな土器のかけらが、ぽつぽつとこんなふうに展示されていたのでした。


もう1冊は『Dickinson Unbound』。
これは彼女が残した手稿を、fascicle やloose sheet, また手紙に同封したものなどそのかたちのちがう段階毎に分析して彼女の詩にせまったもの。
研究書でがっつり読みごたえありそうです。

この本のなににひかれて買ってしまったかというと、そのタイトル。

Dickinson Unbound。

Unbound は、 unbind の過去・過去分詞形ですが、

      綴じられていないもの。解き放たれた。結び付けられていない。

エミリの手稿の様子、この本の内容とともに、彼女の世界も思いうかべるようなタイトルです。

(ちなみにシェリーの詩に『Prometheus Unbound』(その大元にアイスキュロスの『Prometheus Bound』)というのがあるようです)

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こちらは、しばらく読まずにおいておこうかな。
まずはひとつひとつ、自分で、オリジナルで読んだり見たりして、近づいてみようと思います。

ずっと楽しめる本が、どんどん増えていく・・・。

エミリ・ディキンスンのhandwriting その3

6herbarium.jpg

・・・私は今夜散歩に出て、とびきりの野の花を摘みました。あなたにもいくつか差し上げたい。ヴィニも私も今学期学校に行きます。とても素敵な学校よ。六十三人の生徒がいます。私は四科目勉強します。心理学、地質学、ラテン語、植物学です。何てたいそうに聞こえることかしらね。あなたはこんなたいした学科を勉強するはずはないでしょうね・・・・・・私の草花は今、見事に育ちました。この手紙に小さなテンジクアオイの葉を入れてあなたに送るつもりです。私のために押し葉にしてくださいね。あなたはもう植物標本集を作りましたか?まだでしたら是非お勧めします。たいした宝物になるでしょう。たいていの女の子は作っていますよ。あなたが作るのなら、多分、私はこのあたりに咲いている花を摘んであなたの標本にいくつか加えられるでしょう。

アバイア・ルートへの手紙から (1845年5月7日) 『エミリ・ディキンスンの手紙』より


エミリ・ディキンスンが植物を、生き物を、自然を愛していたことは、詩を読むとすぐにわかりますが、彼女は実際にとても詳しかったようです。

4年前にはニューヨークの植物園で「Emily Dickinson’s Garden: The Poetry of Flowers」という展示もあったようで、その説明には「彼女は存命中には詩人としてより庭師として知られていた」とあります

エミリと少女時代をすごしたことのあるフォード夫人が、エミリとの思い出について綴った手紙にも、

・・・彼女は自然の壮大さを好んでいたが、小さなものにも大変興味を持ち、愛情を抱いていた。
・・・彼女は、そのあたり一帯の森林についてすばらしい知識があった。彼女の行動範囲であれば、野生のものでお庭に植えてあるものでも、あらゆる植物の生育地や習性を説明することができた。彼女は自然の景観に対して広く目を開き、自然の声に耳をかたむけていた。
(『エミリ・ディキンスンの手紙』より)

とあります。


最初に引用した手紙にある、エミリが少女のころに作っていた植物標本集。
これもうれしいことに今はネットですべて見ることができます。
ハーバード大学Houghton Libraryのサイトで公開されています
写真はそこからお借りしたもの。

1839~1846年ごろ、ということなので9歳から16歳頃に作られたもののようです。


表紙の緑の革にも小さな草花模様が型押しされていて、ぴったりです。

1herbarium.jpg

2herbarium.jpg

3herbarium.jpg

この植物の貼り方がなんともいえません。
テープに名前を書いて(きちんとした学名をかいているところに彼女の植物への関心具合がうかがえます)それで留めていますが、ここに彼女の詩のことばが書かれているんじゃないかと思えてきます。

4herbarium.jpg
5herbarium.jpg

上の左から
Sisyrinchium, anceps. 15-3   Saxifraga, sarmentosa. 10-2 Sambucus, canadensis. 5-3.。

その1で見た彼女の20歳のころの筆跡とよく似ています。
Sや数字の左から右への太い線。あひるのような。
こちらは装飾的に書いているような気もします。

7herbarium.jpg

最後にひとつ。Japonica。
ぼけの一種のようです。



「私は今夜散歩に出て、とびきりの野の花を摘みました。」

草花を摘み、ひとつひとつ広げて、丁寧にならべていく。
詩を見ているような気持ちになる標本集です。

エミリ・ディキンスンのhandwriting その2

さて、エミリ・ディキンスンの残したものを、年代順で検索してみるのとは別に、ぼんやりと所蔵先ごとのコレクションを順にみていったりするのもよいものでした。
Emily Dickinson Archive の「Browse Images by Collection」のほうです。

詩の書かれた部分だけではなく、すべてながめられます。

たとえば手紙も、封筒やそれに同封したものと一緒に。

0dickinson 2-1859-1
0dickinson 2-1859-2

ああ、この押し花の花束。


彼女は書いた詩を小さな冊子にまとめていました。
二つ折りにしたものを重ね、左端にふたつ穴をあけて綴じたもの。
"fascicle"と呼ばれるこれも、空白のページもふくめ順にみることができます。
綴じたものは残念ながら彼女の死後すべて解体されてしまったようですが、EDAのFAQのページに再現したものの写真があります。



彼女は封筒などの小さな切れ端にもことばを残しています。アップにすると、封筒の刻印もよくわかります。

0dickinson 2-1873




今回、オリジナルをながめていて、彼女の詩のなかで使われているダッシュの印象がかわりました。

0dickinson3-t-dash 1868

この画像のなかでは、t のクロスバーと同じくらいの長さ。
他にも見ていると、もっと短い、点に近いようなものもあります。

英語版では、ダッシュの数は同じようですが、日本語に訳されたものをみると、ダッシュがなかったり、一部しかなかったり、長さも二文字分と長かったり。

それぞれ読むときの間がちがいます。

私が持っている英語の本はジョンソン版(『THE COMPLETE POEM OF EMILY DICKINSON』)なのですが、フランクリン版にはダッシュの長さもかえてあるものもあるそうです。

エミリ・ディキンスンのhandwriting その1

2月の展示ではエミリ・ディキンスンの手紙のことばをポトリと形にしました。
少し前に読んだ『エミリ・ディキンスンの手紙』から。

彼女の詩集は何冊か持っていますが、そのなかの1冊『エミリ・ディキンスン詩集 自然と愛と孤独と』のシリーズはその表紙やページの余白や活字など佇まいも好きなもの。
シリーズの1冊目の冒頭には、彼女の手稿の写真があって、その粒粒とした文字に心ひかれていました。文字と文字の間もゆったりしていて、そのすべてが彼女の詩なんだなあと。下の写真の左側がそうです。

そして今回やってきた手紙の本。裏表紙がまた彼女の手稿でした。右側がそうです。

dickinson1.jpg

文字の傾斜やささやくような感じは同じですが、文字をつなげて書いています。おもしろいなと思って、彼女の書いたものをその雰囲気だけでもたどってみることにしました。

幸い、彼女の手稿はほとんどネットで見ることができます。
私はこちらの Emily Dickinson Archive で見ました。所蔵先ごとに見ることもできますし、年代やことばや詩を送ったひとなどで検索してみることもできます。

0dickinson1850.jpg
1850年。
エミリ・ディキンソンは1830年生まれですから20歳のときです。
上の写真のどちらとも雰囲気がちがいます。
単語と単語の間も広くない。
左から右への横に動く線が太くなっているのがおもしろい。Sのような小文字のdは、あひるのようです。

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1854年。少しだけ横へのうごきで太くなっているところがありますが、全体に軽くなっています。
インクで書かれてはいますが、ペンがなにかしら変わったという可能性もあるのでしょうか。
単語間もひろくなってます。

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0dickinson1858tohigginson.jpg

上のふたつとも1858年のもの。
同じ詩ですが、上は彼女の手元にあったもの、下は人(Higginson氏 彼女の死後、詩集を刊行したひとり)に送ったものです。

0dickinson1862.jpg

1862年。
ますます文字がかたむいて線も軽くなり、ふわりとどこかへとんでいきそう。
写真にはありませんが、このころ彼女は t のクロスバーを、はなれた横のほうに書いていることが多くあります。単語を全部かいてからクロスバーを書くからだと思いますが、t の場所まで戻らずにおいているような。これもことばがするりと紙からはなれていきそうな感じです。

0dickinson1865.jpg

0dickinson1865toSusan.jpg

1865年。同じ詩ですが、下は義姉のスーザンに送ったもの。
上はインク、下は鉛筆ですね。
少し粒粒した感じがでてきています。
元のものと送ったもの、改行の位置もちがいます。
スペースのせいなのか、それほど改行に意味はないのか。

この前の年、年譜をみると、彼女は目をわずらったようでボストンまで治療にでかけています。翌年も。
どのような症状だったのかはわかりませんし、そのあとずっと症状があったのかもわかりません。
書く文字に影響をあたえていたのかもわかりません。

0dickinson1866.jpg

0dickinson1866toSusan.jpg

1866年。これも上下同じ詩。下はSusan宛てのものです。
より粒粒感がでてきています。
彼女はy は右のストロークしか書いていません。

0dickinson1866toSusan2.jpg

これも同じ1866 年のSusan に宛てたもの。
インクと鉛筆で、同じ年でもうごきがちがうのですね。

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そして1871 年。 Higginson氏宛のもの。
もう文字を書きとめた、というより文字がとおりぬけて残していった跡のようです。好き。

「風のインクでしたため」るとこうなるのでしょうか(笑)。
(聖子ちゃんの「風立ちぬ」より)

0dickinson1878toHigginson.jpg

0dickinson1878towhitney.jpg

ふたつとも同じ詩です。1878年。上は Higginson 宛て、下は Whitney宛て。インクと鉛筆。

0dickinson1878our.jpg

鉛筆の文字拡大。
いつも先がまるくなった鉛筆で書いているよう。それがより粒粒感をだしています。
とがらせるのが苦手だったのか(技術的に?精神的に?)、それとも鉛筆ってそんなにとがらせて書くものではなかったとか。

0dickinson1883.jpg0dickinson1884.jpg

左側が1883年。右は1884年でSusan宛てのもの。
エミリ・ディキンスンは1886年になくなっています。
文字は粒粒。
粒粒と余白。そのかたち全部が語りかけています。


ただただ、文字の見た目だけをたどってみたのですが、ずっと見ているうちに、勝手ですが親密さがましてきて、亡くなった年の最後のものを見たときには、一緒に旅をしてきたような気持ちになったのでした。



プロフィール

sayaka

Author:sayaka
星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる
(ウンベルト・サバ 須賀敦子訳)

ことば+アルファベット+妄想。

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