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コトバ綴ジ

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本だ! 世界最強の武器。

いつも本やら道具やらで荷物がかさばり、しかも重い・・・。
大きめのバッグがほしいけれど、素材が帆布だったりして、A3の紙がそのまま入る大きさだともう中身がはいっていなくても重い・・・と思っていた時に、無印でツートン無地のエコバッグの延長ぐらいのバッグを発見し即購入。
そのまま使っていたのですが、タイトルの言葉にばったり出くわして、パパッとステンシルで描きました。
そうだ、そうだ、と思いながら。

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これ、昔NHKで放送していたBBCのドラマシリーズ、「ドクター・フー」のセリフです。
異星人のドクターがターディスという電話ボックス型のタイムマシンを使って過去現在未来旅していろんな事件に遭遇、という話。
クリストファー・エクルストンがドクター役ということで見始めたら、すんごくおもしろかったので、毎回欠かさず見てました。このセリフが出てくるのは、エクルストンの次の代のデヴィッド・テナントがドクター役のシリーズ、「女王と狼男」の回。
ネタバレになりますが、宇宙からやってきた狼男が世界征服をねらうため、ビクトリア女王のからだにのりうつることを企む・・・という話ですが、しょっぱなから、修道士たちが黒い僧服をぬぎすてると、なかは赤い武僧服で突然少林寺拳法で邸宅をのっとる、というトンデモな場面から始まります。

狼男におそわれ、書斎に追い詰められるドクターたち。やどりぎからとったオイルがぬられた扉のおかげで狼男はすぐには入ることができない・・・というところでのドクターのセリフ。

「書斎にある武器 それは何?
 本だ!世界最強の武器。
この部屋は最強の武器庫だ。武装しよう」

なぜこんなにはっきりわかるかというと、あんまり好きすぎるので、見始めた回からは全部録画しているからなのです・・・。
ネットでこのセリフに出会って、ひっぱりだして見てしまいましたよ。

イギリスのドラマらしく、主人公も地味目で、パートナーの女の子もまあ日本人には受けなさそうなルックスと性格。
だいたい操作をまちがえて変な時代にいってしまい、宇宙人がらみのトンデモな話が始まるのですが、史実や伝説、科学的なこと、そして現実をふまえてつくられている(たぶん。私にはわからないけど、わかるひとにはわかることもたくさんあると思う)うえに、シリアスな場面で軽口をたたき、くだらないのにときにするどいセリフ。

検索してみたら、今ニコニコ動画にBBCチャンネルというのがあって、それで全部見ることができるみたいです!
さらにもうひとつ大好きだった『宇宙船レッド・ドワーフ号』も!
この3月6日にはレッド・ドワーフの人気エピソード一挙放送!なんつー企画もあるではないですかっ。
もうほんっとに登場人物がみんなダメダメで話もくっだらないのですが、最高におもしろい。愛すべきひとたちで、これまたするどいセリフも。
これも実は録画保存していたりします・・・(しかもビデオだ・・・)

この企画でも放送予定にある「驚異のリマ―ワールド」。
そのなかで、最強の小心者のリマーが、手に持っているとストレスがやわらぐ「中国の安心玉」をクライテンから渡されるのですが、なんやかんやあって(雑ですいません・・・)囚われの身になり、数百年後に助け出されるときには最初ピンポン玉くらいはあったその玉がにぎりしめすぎて豆粒くらいになってた、っていう。
実は今回自分の作品を手にのせながら、不謹慎にも??その安心玉が脳裏をよぎったりしていたのでした(爆)。

当時、はまりまくっていたものの、人にすすめるのは躊躇していた私が、おそるおそる薦めたひとりの友人。見たあと、「あれ、めっちゃめちゃおもろい!」と賛同してくれて、うっわーーーよかった!となり、それからくだらないレッド・ドワーフ話をよくした彼女と、今回の展示で久々に再開したのも、不思議です。

こんな肝心のところがない説明ですが、もし興味をもたれた方はぜひどうぞ!
(こういう私は登録していないので、見ないかも。。。録画してるし(キリッ))


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ところで、「本が武器」つながりで。
「本が人を殺す」というキャッチコピーの映画『私家版』。

これもストーリーもたいそうおもしろく、テレンス・スタンプ様の美しさが最高で、映画館でみたうえにDVDでも保存しているのですが、物理的な「本」好きにとってもたまらない映画です。
戦前の架空の本を、素材から手法まで完璧につくりあげる。
その過程がおもしろい。もうそこだけがっつり未公開映像も交えて映像にしてほしいくらい。

原作もあり、こちらには使った機械の名前などもでてきます。うろおぼえですが、原作と映画では最後に製本する土地がちがったりするなど比べてみるのもおもしろいと思います。

厚さ10センチほどの百科事典をふりあげ、相手の頭めがけ・・・

というわけではありません。

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本棚の薬

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『星の王子さま』、うちには2冊あります。新訳がたくさん出たにもかかわらず、どちらも内藤濯さん訳のもの。
ひとつは岩波少年文庫のもの(初版は昭和28年、もっているのは44年)。

・・・もとの本には、作者自身の手になった水彩画が、ほとんどページごとにはいっています。この訳本でも、もとの色どりをそのまま複製したかったのですが、出版の方の事情が許さないので、しかたなくあきらめました。残念です。

と、内藤さんのあとがきにもあるように、見返しに続く1枚の王子さまの絵以外はモノクロです。
でも、赤い栞が映えてます。

「訳本を公にしてから、もう十三年あまり」あと。
ずいぶんとたくさんの人の手に渡り、たくさんの人に贈られた『星の王子さま』。
増刷のときに、あとがきにさらに加えられた文章があります。

・・・いつかの「図書」には、あまりしょっちゅう読むのは勿体ないような気がして、時々絵だけ眺めたり、パラパラとめくってみたり、それからまた本棚にしまって、それがあるだけで安心する、と岸田今日子さんが書いておられましたが、これこそは、ほんとうにこの本に親しんでいる人の気もちでしょう。信用してなん度かのんだ薬というものは、もうそれをのまなくても、手もとにあるということだけで、思いのほか効き目をもつものです。

ずいぶんひさしぶりでも、効き目のかわらない薬、あらたにちがう効き目もある薬。
一度しか読んでないけれど、実物も手元にないけれど、ずっと効いている薬、もありそうです。


内藤濯さんは、口述を書きとめてもらいながら翻訳しています。
口にだしてここちよい、ことを大事にされていたとのこと。たまには声にだしてよんでみます。


ところで、岩波少年文庫は、石井桃子さんが企画編集に携わっていらっしゃいます。
この本のあとがきにも

・・・訳者としてはできるだけ良心をもって事にあたったつもりですが、訳筆を進めてゆくうちに、もとの文体の単純さが日本語に移しきれなくて、気おくれしたことも一度や二度ではありませんでした。でもそこを、さほど不体裁でなく切りぬけることができたのは、お忙しいところを何かと面倒を見てくださった石井桃子さんのおかげです。

とありました。

『くまのプーさん』はじめ、たくさん児童文学を訳されている石井さんですが、犬養道子さんの『花々と星々と』を読んでいた時。
彼女の祖父(犬養毅)の蔵書、それも漢書を整理するひとを探していた時に菊池寛の紹介でやってきたのが

・・・「石井桃子です」
と、その人は、それこそお祖父ちゃまの丹精の、バラのように薄ら紅い頬に笑みを湛えて自己紹介をした。若々しいが地味であった。地味だが明るかった。清潔で温かかった。
「これはいい人にちがいない」少女の直感で私はそう思った。

「漢文は出来ぬでもエエ。図書の好きな人ならエエわ」
ということでやってきているので、漢文ができたかどうかはわからないけれど、現在よりも漢文に親しんでいた時代でしょうから、きっと読めたのではないでしょうか。
創作もし、編集もし、英訳もし、漢書も。ことばの才能にあふれた人だったのだなあ。

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表紙も素敵なこの本。
道子さんの幼少のころからのことが綴られていますが、彼女のエピソードはもちろん、祖父の犬養毅、白樺派の作家の父をとりまく人々や情勢、当時の描写がとってもおもしろい本です。



エミリ・ディキンスンのhandwriting その4

dickinson2.jpg dickinson3.jpg

最後は最近届いた本 2冊。
『The Gorgeous Nothings』と『Dickinson Unbound』

『The Gorgeous Nothings』は、エミリ・ディキンスンの残した手稿のなかでも、とくに開封した封筒の裏や、扶養の紙の切れ端などに書きとめたものばかりを集めたもの。
その紙の様子にそって彼女が書いているのがとても楽しい。

レイアウトもとっても美しいです。

dickinson4.jpg

dickinson5.jpg

左側がエミリの書いた部分で右側がその裏側。
ページの裏表にレイアウトされています。

dickinson6.jpg

巻末のIndexがおもしろいのです。その紙の形ごと、封筒の宛先ごと、いろんな方向に文を書いているもの、斜めに封筒を使っているものなど、その紙のImage別のindex。

これは「Index of Envelopes by Page Shape Flaps and Seals」 のページ。

これを見たとき、以前青森県立美術館で見た展示を思い出しました。
なんの企画だったか、種差展のなかだったか、三内丸山遺跡から出土した小さな土器のかけらが、ぽつぽつとこんなふうに展示されていたのでした。


もう1冊は『Dickinson Unbound』。
これは彼女が残した手稿を、fascicle やloose sheet, また手紙に同封したものなどそのかたちのちがう段階毎に分析して彼女の詩にせまったもの。
研究書でがっつり読みごたえありそうです。

この本のなににひかれて買ってしまったかというと、そのタイトル。

Dickinson Unbound。

Unbound は、 unbind の過去・過去分詞形ですが、

      綴じられていないもの。解き放たれた。結び付けられていない。

エミリの手稿の様子、この本の内容とともに、彼女の世界も思いうかべるようなタイトルです。

(ちなみにシェリーの詩に『Prometheus Unbound』(その大元にアイスキュロスの『Prometheus Bound』)というのがあるようです)

dickinson7.jpg

こちらは、しばらく読まずにおいておこうかな。
まずはひとつひとつ、自分で、オリジナルで読んだり見たりして、近づいてみようと思います。

ずっと楽しめる本が、どんどん増えていく・・・。

冬の本




今回展示しているもののひとつ、冬の本。
封筒にひと冬いれました。

つくりながらBGMがわりにかけていたのが、このDVD、『ウインター・ゲスト』(THE WINTER GUEST)。大好きな映画のひとつです。
いまやハリー・ポッターのスネイプ役で有名なアラン・リックマンの監督作品。
舞台はスコットランドのとある町の冬。海も街も空も白く。風景と音楽がとにかく美しい。たてものの佇まいも素敵です。白く静かななかで、不器用なひとたちがそっと心をふれ合わせていく、じんわりとあたたかな物語。


紙は白い、
紙のなかにもやもやがある、
もやもやは雪になる、

から始まる室生犀星の「紙」という詩があります。

今回使った紙はごく薄い和紙で、ページをめくるときにできる影は、さらさらの雪が風で流れるときにできる影のようです。

文字はページを手でもちあげるときにはっきり見えますが、めくっておいてしまうとまた雪に埋もれてしまいます。見てもらうひとに、降り始めた雪を手でうけとめるように、雪をそっと手で掬うように、言葉を読んでもらえたらと思います。訳もおいていますので、お時間あればゆっくりご覧いただけるとうれしいです。

BofW1.jpgBofW.jpg




『・・・・・そしてまた文字を記していると



・・・しんと静かな夜に文字を書いていると、インクの色に夜の時間がまじってくる。インクの夜、夜のインク。

・・・修道院では火事になるのを防ぐためもあって、写字は日のさしこむ明るい回廊で朝から行う、と読む。
 同じように朝から文字を書き始めて、白い紙が埋まっていくにつれて、日も暮れていく。文字やことばや思いがたまって夜をつくる。

・・・考えの鎖を解き放たれたら、からだのくびきからも解放されるんだよ、と読む。目の前の文字も意味やかたちから解放して、ページから空にはなちたくなる。


書きながらあれこれと思い浮かんで、作品のもとになる。
自分の手で書く、という行為は、からだをつかっているので自然とまわりと関連するのだと思う。



『・・・・・・そしてまた文字を記していると』。
すばるの4月号に掲載されている谷崎由依さんの短編です。

静けさにみちた石壁の写本室で、夜、ささやかな灯火のもとで文字を書く、
そんな場面から始まります。
(もしまっさらで読みたい方は、この先読まないでください。)
文字や言葉でいろいろ妄想するのが好きな人には、たまらない描写がたっぷりですのでぜひどうぞ。


文字を書くと同時に、あかりを反射しているペン先のひかりの点が描く宙の文字を好む主人公の彼。
自分の手で書く、身体をとおす、という、その行為で、表にあらわれていない文字を見る。

夜、小さなあかりを手に、回廊を手でそっとなぞり感触をたしかめながら歩く。「よそよそしい」言葉も、自分の身体をとおすことで自分の一部になる。「問い」をつうじて、奥へ奥へとはいっていこうとする。そんな世界のたしかめ方が、とても好き。
自分とまわりのもの、ものともの、みなの境があいまいな、ひとつという感触も。

回廊をぐるっとまわると元の場所だが、けしてそこは同じ場所ではない。
こんな描写がありますが、物語は、そんなふうにすすんでいきます。

人里離れた高い山の上の僧院という限られた場所。
書物、経典のなかからすべてのものが生まれる。

ほんとうに小さな小さな手元の世界からはじまった妄想幻想的な世界がうわっと外につながる最後にははっとします。
いつの時代の、どこなのか、はっきりと書かれてはいませんが、単語やルビや旗の色でわかります。
彼が闇に、空に、書かれてはいない文字を見るのはそういうことだったのか。
幻想的な小さな世界から、あの国で起きている現実に。
彼は読むべき文字を見つけたのかもしれない。


旗に経文を書いて風になびかせるのは、祈りを風にのせて世界に広げるため、ということらしい。
つまり、はためいたそのときから、祈りはそこから吹かれてはなたれていき、旗の文字はその祈りの「残像」ともいえるのだと思う。物語の冒頭の、彼が好む「書いている文字の双子のような残像である文字」も、いったいどちらが残像なのか。

読まれるべきことばは浮かんでいるのに、それを読み取れない、読み取ろうとしていないのかもしれない。でも誰かが受け止めて、また、はなたなければ世界は壊れていくのかもしれない。

空中にただよう祈りをつかんでいるのは、詩や物語や、芸能や、芸術なのかもしれない、とも思います。


読んでいると、ひとつぶの砂に世界を見る、というブレイクの詩も思い浮かんできたりするのですが、これはググってみると、華厳経の教えと同じ考え方なのだそうですね。物語の舞台の宗教(もう隠さなくてもバレバレな感じですが)でも、重要なものとのこと。今回初めて知りました。ウィリアム・ブレイクは影響を受けていたのでしょうか。




プロフィール

sayaka

Author:sayaka
星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる
(ウンベルト・サバ 須賀敦子訳)

ことば+アルファベット+妄想。

カリグラフィーをしています。

町の写字室管理人

@scriptorium303

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