コトバ綴ジ

 

服部植物研究所&飫肥 2

飫肥は、高温多湿な場所のようで(行く途中の高速&山道もけっこうな霧でした)、コケ的にはパラダイスのようです。
研究所で標本を見ているときに「今は苔を見るにはいい季節」と教えていただきました。胞子をとばしだす季節だそうです。

研究所のあとおとずれた飫肥城址。前夜の大雨のおかげで、緑がウツクシイ・・・。苔も豊富です。

obi11.jpg
obi8.jpg
obi10.jpg
obi9.jpg
一番下の写真は本丸跡。
建物が再現されているのでなく、ただただ古い杉の林。
静かで、昔のことに想いをふくらませても、ただその静けさを楽しんでも、いい場所です。
(ちなみに飫肥は飫肥杉の産地です)

飫肥は、歩いてまわるのにちょうどよいこじんまりとした城下町。そこここに古い建物が残っていて、とてもよいところでした。

obi1.jpg歩いているとふんわりとよい香り・・・。ふらふら誘われていくと、柑橘系の庭木が。花と実って一緒につくものでしたっけ・・・?九州は、庭によく柑橘類がなってますが、北のほうの住民からすると、それだけでこころはずみます。
このあたりで有名なのは日向夏。朝ごはんにも昼のデザートにもでてきました。「白のふかふかの部分も一緒にたべるんですよ」。苦くなく、ほんのり甘い。お昼を食べたお店の方が、昔は実を醤油で食べた、とおっしゃってました。(今ほど甘くなかったようです)


obi7.jpgこれは訪れた高橋家住宅の浴室の天井。美しい・・・。カーブになっていて、上からぽっちゃんと冷たいものが落ちてこないようになってますし、升目の真ん中の部分は細い竹が埋め込まれています。模様かもしれませんが、蒸気を逃がす役割もあるとしたら、機能的+ウツクシイ。

obi4.jpgこちらは壁のタイル。古くてきれいなタイルはあちこちの建物で見かけました。そして、写真は忘れてしまいましたが、ライトがどこもきれいだったんですよねえ。豊かなところだったんだなと実感します。



obi5.jpgこれは流しの下のスペース。この修道院を思わせる(←妄想)薄暗い場所に生えている草にだけ光があたってきれいでした。

obi6.jpg

obi2.jpg観光場所としてはあまり紹介されていないようですが、植物研究所の方に教えていただいて見に行ったのが、この飯田(はんだ)医院の建物。公開はされていなくて、外から見るだけなのですが・・・。

obi3.jpg みてください、このうろこの壁。これはなんと宮城でとれたスレートなのです。詳しくはこちらを

飫肥のすぐ近くには昔から栄えた漁港があります。このあたりはカツオで有名で、漁獲量も日本有数。宮城の気仙沼で水揚げされるカツオのうち4割ほどが宮崎のものだそうで。いつごろから、気仙沼に水揚げされているのかはわかりませんが、このスレートももちろん、海路で運ばれてきたのでしょうねえ。きっとタイルも瀬戸あたりから?

貴重な建物、残ってほしいなと思っていたら、つい先日、所有者から市に寄付されたとのニュースを発見。よかった、よかった。

レターカッティングのWSで使った石も宮城石巻のスレートでした。おそらく同じ産地では。津波の被害で、採石もむずかしくなったようでしたが、今現在どうなってるんだろう。
貴重な石、きちんと彫りたいと思って、春先に練習でいったん全部の文字を裏側に彫ってみたけど、またそれから間が空いてしまいました・・・。また練習しないと・・・。手はどれくらい覚えてるかな。

とにかく、飫肥はとってもよいところでした。「どげんかせんといかん」と某元知事がおっしゃるように、宮崎は同じ九州内でもなかなかアクセスしにくいところなのですが、ぜひまた訪れたいです。

服部植物研究所&飫肥 1

hattori1.jpg

先日の苔記事に書いた、宮崎の飫肥にある服部植物研究所に連休の間にいってきました。

研究所の案内もシビれました(これも活版印刷です)。

家業を継ぐために帰郷したものの、苔の研究を続けるために研究所を設立した服部博士。
世界で唯一の蘚苔類研究機関で、ナンジャモンジャゴケの研究で有名で、そのナンジャモンジャ苔もここで見ることができます。顕微鏡をのぞいてみると、確かにおとなりの普通の苔の標本とはかたちが全然ちがいます。なんというか、ただ細くて茶色い草がくしゃくしゃとなってる感じで、これを「?」と思ってこの研究所に送ってくる人もすごい。

「ナンジャモンジャゴケ」。

こんなユニークな名前ですが、これがタダモノではなく。パンフレットによると「コケ学上今世紀最大のヒット」。一緒に行ったオットのたとえを借りると、「たとえば両生類でいうと、「新しいカエルが見つかった」ではなくて、「カエル」でも「イモリ」でもなく新しい両生類が見つかった」的な発見。
最初に標本が届いたときによくわからなかったので仮に「ナンジャモンジャゴケ」とつけたのがそのままになったそうな。(学名は別にありますが)

他にも公開されている標本いろいろ。
貴重な蔵書もたくさんあるようで、公開されている部屋のガラスケースには、今や世界に数冊しかないらしい、ドイツの植物学者ヨハネス・ヘドウィッグによるコケ学の基礎となった書物(1801年)。

これは貴重すぎて、誰にでも手に取ってみてもらうというわけにはいかないので、最近複製をつくられたそうなのですが、これも「自由にみていいんですか???」ってくらいのものでした。

hattori3.jpg

当時の印刷にできるだけ忠実に色なども複製されたとのこと。
紙はわざわざ漉いた手すき和紙(楮・雁皮)。製本も函も美しい・・・。
複製は一冊だけなのですが、複数刷ったページなのか、ばら売りされているものがありまして、もちろん買ってしまいました(写真右)。
写真左側は、同じ本のページがデザインされたポストカード。

hattori2.jpg

こちらはまた別に、活版印刷でつくられた苔ポストカード。
こういう細い線で描かれたものは、凸版で刷ると本当に美しいなあと思います。
すべて販売されています。

植物の姿、写真より描かれているもののほうがすっと入ってくる気がするのですが。
きちんと特徴を理解した人が描くべきところを押さえて描いているからではないかと思います。実際の色などは写真が上かもしれませんが、何も知らずに見る場合、写真で特徴をつかむより絵のほうがわかりやすい。

hattori4.jpg

内装も、雑誌のページのとおり素敵でした。
戦後すぐに個人でつくられた研究所で、机などもずっとそのまま使い続けられてきているきているようです。
公開するにあたって、ライトは新しくつけられたようですが、博士のご自宅にあったものにあわせて、レトロなもの。スポットライトも傘のふちにつけた鉄の棒(・・・)で角度を調節するもので、初めて見ました。

二階には近くの小学生のコケの研究成果なども飾ってありました。

地方の小さな都市で、特殊な研究をできる場所がずっと続いている、それが素敵でした。
(「近所の人もなにをやっているところなのかよくわからなかったので公開することにした」というようなことをスタッフの方が話してくださいましたが(笑))

誠実な雰囲気がただよう場所で、それが内装とあいまっていっそう素敵でした。

長くなったので、その2へ。

カリグラフィー作品展 HEARTFUL LETTERS 2012

comodo2012.jpg

熊本のカリグラフィーのサークル、Comodoの作品展が現在開催中です。
私も参加しています。

月に一度参加できるひとだけが集まって自由に練習する、というサークルですが、
どうももうすぐ9年近くになるようです。

お互いに共有することもありますが、とくに先生がいるわけでもなく。
でもなぜか興味をもって入ってくださる方もいて、
今回も初めて作品展参加の方がおふたり。
サークルではペンの使い方ぐらいしかやっていないのに、
おふたりとも自分の書きたいものを見つけて、熱心に独学されて、
何度も書き直してしあげてくださったようで、感激でした。

2004年からずっとカレンダーを作り続けていらっしゃる方もいますし、
昨年出たカリグラフィー・ブックを見て新たな書体にチャレンジされた方も。

そういう姿勢をみると、本当に刺激になります。

鶴屋のなかのギャラリーですので、お買い物のついでにぜひお立ち寄りください。

日時:5月14日(月)まで 鶴屋の営業時間に準じます。(最終日は16:30まで)
場所:鶴屋ふれあいギャラリー(鶴屋東館8F)


今回、私はふたつ出しています。
ほんっとにめずらしく、妄想がまったく入っていない作品をひとつつくりました。
イタリックのヴァリエーションのみ。
X-heightは2ミリ~1.3センチまで。
オーソドックスな書体を使った作品って、ほんとに久しぶりです。
細かくレイアウトを詰めていく作業、意外に好きなようです・・・。

comodo2012-1.jpg

額は全紙サイズです。

展示作業中、隣で写真を展示しているおじいさんがふらりと。

「これ、手書きね?時間かかるとやろ?
 わしもロットリングで昔やっとった。
 50年くらい前やな。ペンとか自分で全部つくっとった。」(熊本弁のつもり)

あいかわらず、女子より男子に興味をもたれる作品のようです・・・。
おじいさん世代って、手書き文字された方、けっこういらっしゃるのですね。

苔類・菌類

makino.jpg
24日は牧野富太郎生誕150年の記念切手発売の日でした!

郵便局で、この切手の発売予定を知った時には、うれしくて、おおっ、と一歩のけぞってしまいました。早速手に入れてきましたー。
この手の切手、もっと発売されてほしい・・・。キラキラとかぢゃなく・・・。
あとは、記念切手ってサイズが大きいのですが、封筒に貼るとちょい郵便番号や住所にくいこんでしまったりするので、普通サイズのがたまには出たらいいなあ。。。

ところで、そこでキャラクターものの3Dのポストカードも販売されてたのですが、最近のこのホログラムの3D具合って、とんでもないのですね・・・。二度見しました。



kinoko2.jpg

こちらは明治40年発行の博物学研究会編纂、牧野富太郎校訂の『野外植物之研究』から。巻頭に数ページカラーのページがあるのですが、この「有毒菌類」のページがたまりません・・・。この色味も。

kinoko1.jpg

31番はちなみにやぐらだけ。

有毒菌類の切手、発売されないかな(無理)。

ところで、残念ながら廃刊になった新潮社の雑誌「旅」。最終号の3月号は九州の特集でした。
その1ページ。

hattori.jpg

宮崎の飫肥にある「服部植物研究所」。世界で唯一の蘚苔類の研究所だとか!最近一般にも公開されはじめたそうです。これはぜひ行ってみなくては!ってことで、近々いってきます。

記事によると、この内装は「さる山」さんが手がけたものだそうデス。飫肥の観光案内所で「食べあるき・町あるきMAP」を買うと、おいしいものや工芸品との引換券がついてくるそうですが、この研究所で引き換えてもらえるのは、「活版で印刷された苔のイラストポストカード」!。

ホームページは、こんな素敵な内装をちらりとも見せず、研究所一筋!?なところがまたいいですねぇ。
掲載されている苔たちの写真、ウツクシイ・・・。

樹と音楽

tree2.jpg

チェーホフは一八八八年にこう書いている、「科学がわかる人ならば、楽曲と樹木とのあいだにはどこか共通のものがあると感じとるはずだ。どちらも、論理的であると同時にシンプルな法則によって創られている」と。

(『野生の樹木園』 マーリオ・リゴーニ・ステルン より)


個展のときに会場で流していた音楽は『Patterns of Plants, played on the clavichord』(作曲:藤枝守 クラヴィコード:砂原悟)でした。偶然立ち寄った書店で見つけたCD。植物の生体電位の変化を記録、解析したものをもとに作曲された《植物文様》シリーズのひとつだそうで、これはクラヴィコードで演奏されています。植物からきこえてきた音。

 むかし愛情があった、いろいろのやさしい感情があった、
 それが木になった。
 この上なく上品な言葉があった、
 いまはそれが木になり、小枝や葉むらになった
 ・・・
(「樹」 ジュール・シュペルヴィエル 『フランス名詩選』岩波文庫 より)

展示した作品のなかで、会場をつくる中心にしたものが、この詩をもとに発想したものでした。
いろいろな言葉が吸い込まれて、またはなたれること。
ぴったりな気がして、そのCDをずっとかけていました。
くりかえし、くりかえし、ずっと流れていても自然な音楽。


2月に放送されたETV特集、「坂本龍一 フォレストシンフォニー 森の生命の交響曲」。坂本龍一が森や樹木の音を記録し、それをもとに作曲するという取り組みを追ったものでした。
そのなかで、樹木の生体電位を記録、変換して曲にする様子を見ることができました。(先のCDの方と同じ方法なのかどうかはわかりませんが・・・)。

太陽からの光をエネルギーに変える樹。幹に器械をしばりつけて、釘をうたせてもらい、電位を記録します。電磁波は当然天気や時刻などによって変化していく。とらえた周波数を人間の可聴域に変換しても、それはまだ音楽には聞こえないのですが、それをMIDI変換、さまざまな音階にしてきいてみます。

番組のなかでは、樹のなかに流れている音を変換して人間にとってきこえる音楽にするプロセスを「言語化」と呼んでいました。わかりやすく伝わるようにする、こと。
シュペルヴィエルはじめ詩人も、樹のことばをきいて伝えてくれるひとたち。昔の人はみなきいていたのでしょう。

人のつくった音楽でなくても、この世の中には音楽があふれていること。自然にある音に耳をすますこと。
「耳を開く」という表現が使われていました。

番組のなかで、宮崎のこどもたちが楽器ではない「音のでるもの」を家からもってきて、テレビやラジオやCDから流れてくる曲ではなくて、自分たちのまわりに音楽があることを感じる、「耳を開く」場面が印象的でした。
最後にこどもたちがその土地の民謡を披露します。働くときにうたわれた曲。物語をつたえたり、記憶したり。音楽というのは人のなかにも流れているものだと改めて感じました。


坂本さんは、気仙沼の「奇跡の一本松」の電位も記録します。

タルコフスキーの映画『サクリファイス』を見たことがあるひとは、みな一本松の映像を映画のなかの樹と重ねてみたのではないかと思います。(映画についてはこちらに詳しく。)


冒頭、ダヴィンチの絵の中の「生命の樹」の映像が、主人公である父親が持つ枯れた木にかわる。父親はそれを土に差し、息子に語る。昔、師が山に枯れた木をさす。弟子である僧に、毎日水をやるように命じる。弟子は、朝バケツに水をくみ、山をのぼり、水をやり、山をおりる。戻るときには日が暮れている。これを日々くりかえして3年。ある日、木に花が満開になった・・・。日々、同じことを儀式のように繰り返す。するといつか世界が変わるのだ、と。

『タルコフスキー日記』には、このもとになったであろう『聖人伝』からのほぼ同じ話が引用されていて、そこでは三年ののち、枯木は「芽を出し、実をつけた。老師はその実を摘んで、教会の修道士たちのもとに持っていき、こう言った。『ここにきて、修行の果実を味わうがよい。』」


枯れた木に水をやること。よみがえることを信じて日々続けること。それで信じたとおりに世界がかわるかもしれない。でも、いつもそうはならないかもしれない。ただ、枯れた木がよみがえったわけではなくても、日々水をやったことで、同じ場所にちがう芽吹きがあって、花が咲いて、実がなるかもしれない。それもなくて、結局、現実には花は咲かず、実もならなかったとしても、日々それを続けたことからうまれてくる果実。


その後、奇跡の一本松は残念ながら生存は絶望的で、モニュメントとして保存する方向とテロップが流れました。


番組の最後で、「一本松くん」と教授の共演が流れました。あの津波で一本だけ生きのこったこと。枯れてしまっても、木はいつも土にかえって、また循環していきます。一本松くんは、音楽にもかわって世界に循環していく。曲ができあがるのが楽しみです。

プロフィール

Author:sayaka
星の
かわりに
夜ごと、ことばに灯がともる
(ウンベルト・サバ 須賀敦子訳)

ことば+アルファベット+妄想。

カリグラフィーをしています。

最新記事

カレンダー

04 | 2012/05 | 06
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -

最新コメント

カテゴリ

ユーザータグ

リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

月別アーカイブ

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

QRコード

QRコード

Top